2001.3.23

いつまでしたいことを探すの?

何でも出来る身体に生まれ、何だって出来ることは幸せなことなんだけど、その分選択肢が増えてしまってどの方向に頑張るべきかが難しくなる。障害のある人はどうだろう?出来ることが限られてくるので選択肢が少なくなり、自分に出来ること必死に探し、進む方向も明確になってるような気がする(親も含めて)。お店や会社の後継ぎなんかもそういうことが言える。あなたはこうなりなさいとレールを決められたパターンがわかりやすが、とりあえず進む方向が一つは決まってしまうことによって、強制的でなんであれその方向に努力させられ、実力がつく。そう思うと生まれてから、ある程度強制的とも言える教育を受けたりなど、自由を奪われてる人の方がやることが絞られて努力しやすいのではないかっていうふうに思える。全く自由で何をしてもいいって人はどうだろう?結構、つまらなさそうに、「自分は何が楽しいんだろう」などと愚痴り、とりあえず、みんながやってることに合わせてるだけって人が圧倒的に多いような気がしてならない。何をしたいかなんてことを自分で見つけることはそれほど難しいのだろう。いい例として、職場でリストラ対象の人には仕事を与えないで窓際に追い込む窓際族が存在する。やることを与えないほどの苦痛はないからということであろう。

もちろん、自由に何でも出来ることはいいに決まってる。でもそれが幸せであるかどうかは別問題である。こんなこと今さら書く必要もないと思うが・・・・

ただ、わかってるなら、どうして?って言いたくなるし、私には掃除機、いや正直、理解出来ない。(ビュイ〜ン)
「やりたいこと探しばかりして、かじってはやめ、かじってはやめ、どんなもんにも中にあんこがあることを知らないで人生を終わらせたいのか!」って言いたくなる。
ドラえもんもアンが好きって言ってるではないか!


私は、サーファーの先輩から、そしてサーフィンそのものから、かじっていくと中にはあんこがあることをわかりやすく教えてもらった。そして、どれだけ私がかじっても先輩の食べてるあんこがうまそうで仕方ないから続けたくなる。(かじり方の凄い後輩もうまそうに食う)それだけではない。一度、ひとつのものをかじりはじめてあんこが見えるとこまでとことんかじると他のものであってもかじり方のコツを掴んでそうな気になるから不思議だ。

私達がサーフィンを始めた時は、それほどサーフィンをやってる人がいなかったから、みんながやってるから程度では始めることが出来なかったので、強制されないまでも始めるにあたってそこそこの覚悟が必要だったように思う。最後は自分の意思だけど、人によっては強制的でもいいから続けろって言った方がいいのかもしれない。大きなお世話だけど、あんこが見えそうですって言ってくれるまでは・・・・
こりゃ〜おちゃらけに言われるな!へたくそがこんなこと書くのは勇気がいるんだぞー!

私ら世代の教え方が下手なのかな・・・・・・・反省、反省、反省・・・・・

いかん、すっかりおっさんの愚痴だ、昨日一つ歳取ったから許して〜!だって、寂しいんだもん、あまりにもやめちゃう人が多いから・・・・関西は特になのかもしれないけど・・・・
でも、こんなこと書いても無駄だろうな〜。ちょいかじりの人ってこんなの読まないから・・・それに誤解されそう体育会系みたいで・・・・おちゃらけ以下へのメッセ−ジだから誤解のないように・・・・SMAPで言うと中居くんが、歌と料理のレベルを評価する感じかな?