思いつきコース(2000.11〜12)
2000.12.31
同じ一秒だが・・・
私は岬に立ったり小さな島にいたり、地図上のここにいるんだって感覚が好きである。家にいても人ごみの中であっても岬に立っている時と同じで自分は存在してるんだけどはっきりと今ここにいるってわかる時は自分の存在を確認出来るような気がする。世紀が変わるというのはそんな気持ちと似た感覚ではないだろうか。毎日平凡に過ごしている一秒も世紀が変わる一秒も同じなんだけど100年に1回しか味わえない瞬間であることが時の大切さを教えてくれてるんだと思いたい。今後作られる年表の21世紀に変わるところを越えようとしているわけだ。今そこにいる・・・・・・・・
2000.12.28
なんじゃそりゃ!
世の中には何を考えてるんだというつっこみを入れたくなるものが多い。先日も車を走らせていたら友人が「ここのそば屋おもろいで〜」と指を差した。見てみると「とんこつラーメン始めました」って書いてある。「おいおいそんなもん始めるな!」 私の住んでる隣町にはキムチと餃子の自動販売機があるらしい。「誰がそんなもん買うねん!」 ガソリンスタンドで安さを自慢して「素通りはお馬鹿さんね!」なんて書いてある。「ほっとけ、わしは満タンじゃ〜!」 でも一番つっこみ入れたくなるのは年末そして世紀末だというのにこんなことしか思いつかなかった私・・・・
2000.12.25
偽り
私は、あいだももに匹敵するくらい相田みつをが好きである。あの人の作品は短い言葉にいっぱい考えさせられることがあるし、あほな私は勝手な解釈をしているのかもしれないけど非常にわかりやすくてよい。私はあの人の数多くある作品のなかで一番グサっときたのがこれである。「人の為と書いていつわりと読むんだねえ」
いつ見てもグサっとくる。よく「お前の為を思って言ってんねんぞ」なんてことを聞くかもしれませんが、そういう時ってだいたい自分の為だったりします。本当に相手の為なんて思ってる時はそういう言葉なんて出ませんよね!報いを求める時ってだいたいうそっぱちです。でもこんなことを書いてますけど、人の為になんて実際難しいですよね!だからいいんです。全て自分の為で・・・・人の為になんてたいそうなこと考えずに自分の為に自己満足でやってることが結果的に人の為になっていたら・・・それが理想です。でもそれの方がもっと難しかったりして・・・・・・
2000.12.21
クリスマス

もうすぐクリスマスということで我が家もかみさんが2000円で買ってきたツリーを飾ってくれてます。2000円だけどチカチカとライトが光ってなかなか気にいってます。
ところで皆さんはもうクリスマスプレゼントは買いましたか?かみさん、プレゼントなんてくれるかな〜。もし、くれるんだったらこれがいいのにな〜・・・・
2000.12.19
世間が認めたら・・
自分で書いておいてって感じだけど、RESPECTを書いてから世間がサーファーという存在を認めることによって懸念されることが浮かんできてしまった。私のように仕事や家庭との両立ということを目標にした立場だけから考えれば認めてもらうことによって助かる部分はあるかもしれない。でも、世間や企業が今以上にサーフィンというものを認めようになれば、当然コンペティションにもたくさんのスポンサーがつくようになる。そしてサーフィン大会などのテレビ番組も増えるだろうから、サーフボードやウエットなんかにもいろんな一般企業が広告媒体として使うようになるだろう。そうなればプロサーファーの収入はどんどんあがる。現状ではプロサーファーといっても賞金やスポンサー料だけで食べていけるような人はごく一部だしプロにとっては有り難い話しなのかもしれないが、お金には純粋に海そして波乗りが好きなだけである気持ちを一瞬で変えてしまうパワーがあるような気がする。純粋な気持ちのままで収入が増えるならいいけど、おそらくコンペティションで勝つことばかりに意識がいってしまうだろうし、技術ばかりを争い、楽しむという感覚はどんどん薄れていってしまうような気がする。そんなことになってしまえば私のようなコンペティターでもビッグウェーバーでもない、ただ好きなだけのへたくそは両立どころか海での居場所がどんどんなくなってしまうだけではないか!それに「サーフィンはじめたきっかけは?」なんて聞いた時に「チャンピオンになってお金が欲しかったからです」なんて奴も出てくるかもしれない。あ〜そんなのはいやだ!おちゃらけ派が黙ってないぞ〜!
でも心配しなくてもサーファーという存在がそんなことになるほど世間から認めてもらえるようなことはないだろうな・・・・・
2000.12.14
RESPECT
よくテレビ番組なんかで彼氏がサーフィンをやってると、紹介する時にまるで人種が違うかのように必ず彼氏の前に(サーファーの)がつく。確かにサーフィンにはやってるものにしかわからない特別なものがあり、独特の生活スタイルがあるのでそんな風に特別な人種扱いされてしまってもおかしくないのかもしれないが、まわりがサーファーを特別視することが社会的な立場を肩身の狭い気持ちにさせてしまってるような気がしてならない。私も時々一般社会なんて言葉を使ってサーファーであることを強調してしまうような時もあるけど、サーファーであることを意識すればするほど仕事や家庭との両立が難しくなるような気分になる。でも、実際はどうだろう。まわりの持つイメージに悩まされているだけであって、家庭がうまくいってないわけではないし、仕事もサーフィンを続けていることによって活かされてることが多いような気もする。
ずいぶん前になるが、かなり御年輩のプロサーファーがなんかの番組で「サーファーは仕事しちゃ駄目だよ!」なんて言っていたことがある。サーファーが聞けばかっこいい台詞だと思うかもしれないが、そうじゃない人はどう感じるんだろう?単純にサーフィンをしない人にそんなイメージが残ってしまえばいい迷惑である。でもそのプロだってそうは言ったがめしを食ったりボードを買ったりと最低限のお金は必要なはずである。おそらくサーファーは波乗りをやっていくのにいかに好都合であるかということだけを考えで仕事を単なる手段として選ぶべきであるってことが言いたかったんだと思うが、それも確かに大事である。好きなことをするためにいろんなものを犠牲にしてきた気持ちがそういう言葉になったんだと思うし、そのぐらいの気持ちでやらないとうまくなれない。でも、そんな意識が強くなりすぎるからサーファーは一般社会から外れたもののように思われてしまいがちなのではないであろうか。いろんなものを犠牲にして自分の楽しみだけを考えるというのも勇気のいることだし、サーフィンだけに集中して頑張るという姿勢も確かに尊敬出来る。ただ、大事なことを忘れてはいけない。その単なる手段かも知れない仕事は会社を経営する人や企業戦士がいてくれるから出来るってことを、顧客がいるから出来るってことを・・・・・・・もちろんサーファー以外の人も殆どが単なる手段だとしか思ってないかもしれないけど、サーファーという人種のような扱いで世間が見てるからやっかいである。サーフィンの為だけを考えて行動してるようなことを誇らしげ言うのも確かにかっこいいとは思うが、サーフィンをする環境を整えることは自分だけで出来るものでない。環境をつくってくれたすべてのものに感謝することを忘れてはならない。私はそういう謙虚さが見えるサーファーを尊敬したいし、そういう気持ちのサーファーが増えればもっとサーファーという存在が世間から認めてもらえるようになるんではないだろうか?
2000.12.12
これってどう?
ショップにこんなのが売っていた。
店長 「身体鍛えるの好きやんな!」
私 「まあな」
店長 「ビギナーにはすすめてんねんけど・・・・やってみる?」」
私 「あ〜」
そいつがこれ!その名は PADDLE,UP

車の窓やドア、テレビの画面、冷蔵庫等に吸盤を取り付け、図のように吸盤から110〜130cmほど離れた位置でパドル練習をするらしい。材質はもちろんゴムで出来ている。鉄だったらおそらくテレビや冷蔵庫が壊れるだろう・・・

目安は交互に100回を1セットとして3セットと書いてあった。まだ、3セットもしてないが意外ときつそうな感じである。海に行けない週はこれをやろうと思うが気がつけば子供にハサミで切られてそうだ。
2000.12.7
愛着
昨日、壊れていたリビングの29型のTVを修理してもらった。(勝手にチャンネルが変わったり、ボタン表示と違う動作をおこすといった内容、購入は8年程前)修理屋さんは、来るなりあ〜と言って「1万円程ですね」と修理代を確認し「30分もあれば直りますよ」なんて言ってから修理を始めた。「最近はどうですか、仕事は忙しいですか?」なんてありきたりのことを話しながら修理するとこを見ていたのですが、やはり最近は修理をするような人は少ないらしく、修理専門30年のおじさんも嘆いておられた。実際私もそのTVを20万以上も出して買ったというもったいない気持ちと1万円程度の修理代だったので依頼したが、修理代が3、4万円以上していたらおそらく新しいTVを買う方向に傾いていたであろう。
私はおじさんが修理をしている間、なんとなくなつかしい匂いを感じていた。小さい時ってどんなものに対してももっと愛着をもっていたように思うけど最近はそんな感覚を忘れてしまってるような気がする。愛着なんて言葉すら頭に浮かばなくなったような気もする。新しいものばかりを求め、するのはコストとの比較ばかりで安っぽい喜びばかりを感じてしまってるんではないだろうか?社会の流ればかりに踊らされて自分にとっての喜びは何であるかってことをわからなくなってしまっている。そんなことを考えながら作業を見ていた。ものを大事に思う気持ちってやはり大切だし、愛着のあるものを簡単に捨てようななんて発想はよくないなあ〜て・・。
そんな気持ちを持ったせいか、昨日はTVを見るのが楽しくて仕方なかった。それまで学生時代使っていた15型のTVで見ていたので、29型はこんな大きい画面だったのかとすごく感動した。壊れていたものが直るってことはひょっとしたら新しいものを買った時なんかより感動が大きいのではないだろうか?・・・・そして私は愛着ある29型のTVに心の中でつぶやてやった。
「よう1万円で直ってくれた。偉い!わしはワイド画面が欲しかったんじゃ〜でも高いんじゃ〜、修理代が高かったら今の家計の状態なら6万くらいの29型しか買えんかったんじゃ〜、ほんまは新しいのが欲しいんじゃ〜」
あれ?愛着??・・
2000.12.6
やまとなでしこ
おいおいトレンディードラマなんか見んなよ!って思う人もいるかもしれませんが、松嶋菜々子が好きなんで結構はまっている。内容的にもわりとああいう単純なのは好きな方だ。過去の思いつきを読んでもらってるなら、お金で買えないもん・・?ってな話が好きなのはわかってもらえるでしょう。でもあれどういう展開になるんだろう?(書きながら頭の中は主題歌が流れてる)来週はいよいよ結婚?って感じみたいだが、どんでん返しがありそうである。予告では魚春が倒れてたな〜。個人的にはヒガシジュウジョウ病院(漢字知らん)が何かで倒産して、魚春は宝くじが当たるかなんかで大金持ちになるって展開を希望していたのだがそれはなさそうである。でも数学ですんごい証明をしそうな雰囲気はある。う〜ん難しい。いっそ主人公を突然変えてみたらどうだろう。筧 利夫に絞ってみるとか?あの階段落ちはいい出来だったなあ〜。それにしてもつっこみ入れたい場面はいっぱいある!数学者はお金の計算出来んのか?そんなに借金するまでほっとくな!矢田亜希子でええやん?めちゃめちゃかわいいやん!矢田亜希子(漢字あってる?)フッタラわしは怒るで!誰がかわいそうってヒガシジュウジョウやん!そこそこええ奴やん。筧の方がよっぽど問題ありやで〜・・・・とまあつまらんドラマですが楽しみにしております。
2000.11.30
どうなる週末・・
今週末は日曜に法事があり、土曜もその準備をしなければならないので海にはいけない。自分の意志で行くのをやめようって思う時はまだましだけど、決まった用事があり行けないとわかってるような週は何をやっても気分が乗らない。正直「法事なんかもうええやん」って感じになってしまう。来てもらう親戚などもいろんな用事をさいてのことなのにほんとわがままな話しである。でも、印象として残ってるだけなのかもしれないがそんな時に限って普段電話もしてこないような仲間が「今週は?」なんて電話がかかってきたり、結構いい波だったりすることが多いような気がする。人の喜びを自分の喜びに感じるべきなんだろうけど、めちゃめやいい波ってのはお願いだからやめてくれ〜。フラットっていうのは気の毒だから、そこそこ楽しめたぐらいにしてくれ〜。
2000.11.28
出会い・・
私の波乗り仲間にあのスクールウォーズのモデルになった高校のラガーマンだったのがいる。(そいつはフォア−ドとして全国大会ベスト4までいった)最近は一緒に行く機会は減ったがそいつと一緒に海に行く時はよくあの泣き虫監督の話を聞いたり、サーフィンに対しても熱く語って車を走らせていた。
ちょうど1週間前になるが、そいつから珍しくメールが届いた。内容は【今夜、9時15分よりNHK見て下さい。泣いて下さい】という短いもので、何をやるのかと思い新聞の番組欄を見たらそいつの高校のドキュメントのようなものであった。実際に監督や当時不良だった人が何人か出ており当時のことをいろいろ語っておられたのだが、そいつからも聞いていたとおり監督は本当に泣き虫で番組の中でも何か語りだすとすぐに泣いておられたので、「いくらなんでも泣きすぎやで〜」って思いながらもハートの熱さについ私も目をうるませていた。
私はあの番組を見て驚いたのは、当時不良でどうしようもなかった生徒が現在、会社の社長さんをやっていたり、海外でバリバリ仕事をやっていたり、教師をやっていたり(ちなみに川浜一の悪の人は教師になっていた)していることであった。私が偉そうに言えるようなことでないのはわかってるが、頭は決してよかったわけではないはずである。というより当時はその高校は本当にどん底であったはずである。人間って出会いによってそこまで変われるもんなんだなあといろいろ考えさせられた。会社の社長さんだから、教師だからといって立派であるとは限らないが、おそらく監督との出会いに感謝し、自分の生き方に誇りを持っておられるだろうなあと思った。
「・・との出会いがなかったら今の自分はないだろう」なんて思う時に、感謝という言葉や誇りという言葉が浮かんでくるように思うけど、私にとってサーフィンは大きな出会いであることは間違いないと思う。
2000.11.20
大きい波か〜
私が学生時代よく行っていたポイントに当時中学生で凄くうまいのがいた。彼は現在プロサーファーをやっており、友人が彼のことをよく知っているので数年前にちょこっと話をする機会があった。当時私はビギナー、今は経験だけ増えたが実力はビギナー!普通なら私のようなもんがプロと話をする機会なんてないが友人とはありがたいものである。おまけに海だけはつかっていたので彼も私の顔をおぼえてくれていた。(ちょっとうれしかった)その時に私はプロをつかまえてこんなことを聞いてみた。
Q「世界大会とか日本でやる時あるけど小さい波には慣れているはずの日本人サーファーが何でハワイアンとかに負けるの?」
A「大きい波乗ってるから小さい波も乗れるんですよ!」即答であった。
私は技術的なことはよくわからないが、間違っててもいいから私なりに勝手に解釈した。多分、大きな波ではごまかしたサーフィンは通用しないってことだろう。普段、ごまかしの利かないサーフィンを体得しているかいないかの違いってことだろう。それに普段小さい波ばかり乗ってる私はいつまでたってもへたくそってことが何よりの証拠だ!(運動神経の差も含むか?)やっぱりでかくてパワーのあるのに乗らんといかんかなあ〜と口では・・・
2000.11.17
違いがわかる男の・・
最近は値段ばかりにとらわれすぎて物を見る目がなくってきている人が多いような気がする。思い切ってこの世から値札や価格ってやつをなくしてみればどうだろうか?同じようなものであればとにかく安くって感じの買い物の仕方になっているが、同じと同じようなとでは違いがあることを忘れてしまってるような気がする。値札がなければ買い手も必死で違いを研究するだろうから物を見る目も養われ自分にとって必要なものが何であるかをもっと真剣に探すだろうし、虚栄心もなくなり個性ってやつがもっと生まれてきそうである。そんなことになったらボラれたとかだまされたという話になることぐらいわかっているが、まわりと比較さえしなければ売り手と買い手が話をして双方さえ納得するば満足出来るはずである。買い手があとでだまされたという感覚になったなら見る目がなかったということで自分を責めればいい。でも、売る側だって今後のことがあるのであんまり極端なことは出来ないし、信用を失ったら商売は長続きしないという怖さを知っている。自分にとって必要なものを安くそして気持ちよく買うことが最大の満足であり、必要でないものを安く買ったことをまわりに自慢して満足するものではないと私は思う。いやいい聞かせている。実はそんな買い物がやたら最近多いと反省してるだけだったりする。(笑)学長は知っている ダバダ〜ダ〜バ〜ダバダ〜ダバダ〜ダバダ〜ダバダ〜ダァ〜・・♪
2000.11.15
すっかりオヤジ?
小さい頃、親父とテレビを見てると女優やアイドルが出るたびに「これは誰や?」なんて前にも聞いたはずの人を聞いてくるのでうっとしいと思ったり、自分から言い出したと思ったら「おう、榊原よしえやな」兄弟全員で「ちゃう、か・し・わ・ば・ら!」なんて会話をよくしたもんだ。それが最近おいらもかみさんにそういうことを聞くことがやたら多くなってきた。「これ〜誰やったけ?」とか「こいつ〜何に出とった奴やったけ?」とか・・口に出さない場合でもドラマの内容なんてどうでもよくなるくらい誰であったかを必死で思い出したりしている。新聞の下の週刊誌の広告に「モー娘」って書いてあっても一瞬「モーコ」って読んでしまうし、飲み屋でも最近の唄は憶えた頃には終わっている。おまけに店のねえちゃんをさからう時も仲間がすぐ「俺らいくつに見える?」なんていう奴がおる。「俺らが10代の時はなあ・・」ってセリフも多くなったなあ・・・・・・髪の毛もやばいし、鼻毛はしょっちゅう出てるし、唇と顎の間はやたら臭いし、乳毛もだいぶ多くなってきた・・・・あああああああ〜
2000.11.12
関西もええやんと思った。
この時期になると西高東低の気圧配置となり太平洋で波乗りをするのは厳しい季節となるが、日本海で波乗りが出来る。夏の間は太平洋側の海に近い人をすっごくうらやましいと思っていたけど、太平洋側の海に近い人達は日本海まで行こうと思うとかんなり遠くなるし、毎週のように海に行くのは厳しいという人も多くなるはずである。私の家から日本海で一番近いポイントだと1時間強程で行けるのだが年中波乗りをしようとなると滋賀県は非常に恵まれた環境であり、うらやましいと思ってる人も意外と多いのかな?と思った。というわけで今日は家族を連れて日本海に行ってきま〜す。
「銀ちゃんかっこいい!」
昨日、1階でテレビを見ていたら階段のところでドタドタドタ〜っていう音とともにかみさんの悲鳴が聞こえた。何事が起きたのかと思って行ってみると長男が階段落ちをやったみたいである。長男はギャーギャー泣いておったが頭に大きなたんこぶが出来ただけで無事であった。かみさんの話だと階段の最上部のところから回転しながら下まで落ちたらしい。「銀ちゃんかっこいい!」なんて冗談言ってられる程度でほんとよかった。
2000.11.6
微妙
波のサイズを言う時にヒザ・コシ、ムネ・カタなんて表現しますがほんと微妙であります。ヒザとかコシとか言っても、池乃めだかのコシと河合俊一となら全然違うし、ヒザとコシならわかるような気もしますがムネとカタなんてほんのちょっとの差であり殆ど変わらないように思います。そうかと思うと頭から頭オーバーなどとサイズが大きくなる急にいい加減な表現になってしまったりするのは何故なんでしょう?でも、なんとなくそんな表現でどのくらいのサイズなのかがわかるし納得してしまうのが不思議なことであります。ただ、コシ・ハラという表現だけはあまりにも微妙すぎる!自分が太ったせいもあるのかもしれませんが私には微妙すぎるし差がわからない!私は今後そのくらいのサイズの時はコカン・ハラと表現するべきであると主張したいと思う。