一般教養−思いつきコース (学長が思いついた時に書いてるだけです。)

過去の思いつきで読んで欲しいかな?
サーファー】【関西サーファー】【波に乗る】【ネットショップ】【黄金の花】【ポイント名の公開】【popeyeさんの恋愛論
毎年こんな会話が】【上を見る】【後輩とリッピングについて語る】【出会い】【RESPECT】【偽り】【同じ一秒だが・・・
】【シークレットだったポイント】【アホ〜の手段】【いつまでしたいことを探すの?

2005.12.7
秘密その後



せっかく波大を覗きに来て頂いた方にあまりにも申し訳ないので、ここのおっさん何やってんのかなあ・・・・ってことで、こっちの方に是非遊びに来てください!



波大オフライン版とでも言いましょうか・・・
せっかくの大人の秘密基地なのに誰も遊びに来てくれないので寂しくなってきました(TT)


2005.2.7
秘密基地?

子供の頃、秘密基地を作った楽しい思い出が忘れられず、更新をサボり続けてこんなものを作っておりました。
    

今年から、海に出かける前は、このログハウスに集合です。尚、本学の研究所でもあるので、遊びに来ないと単位をあげないのぞ!(笑)

2004.10.1
子供かあ・・・

先日、私の友人の買ったばかりの車を見た時、ドアの横あたりに擦り傷を発見し「おい、傷ついてるやん、どないしたん?」と聞いてみた。そうしたら友人は「この前細い道を通ることがあって、当るとかなんから小学生の子供に見といてと言うてん・・ほんで、ブーンブーンブ〜ンと車を動かしたら、子供が
パパ、当った!と大きな声で言ってくれたそうである(大爆笑)真剣に怒っても仕方ないので、そういう時は当りそうになったら止めるねんでということを教えた、子供には勝てないという笑い話だ。ただ、最近の社会を思い、小さい子供だと笑えるけどなあ・・・・・と複雑な気持ちも同時に沸いてしまった時、ちょっと切なくなった・・・

2004.8.26
オリンピック観てますかあ・・

皆様、台風でお忙しいかと思いますが、オリンピックで日本勢頑張ってますねえ。私は、睡眠不足でフラフラでございます。感動とか勇気とか元気とか涙とかいろんな言葉が出るオリンピックですが、ジェリーロペスのお言葉の波を待つ間が大事であるというのと同じように、全ての競技が結果なんてのは一瞬です。何が感動するって、その結果を出すために本人はもちろんのこと、指導者、関係者にどんな努力があったのだろうという想像があるからです。結果が全てだということをよく言いますが、私もそうだと思います。ただ、結果が全てだからこそ準備や覚悟がそれ以上に大事になるということではないでしょうか?オリンピックは4年に一回しかありません。波乗りも月一回、週一回とかが問題ではなく、行ける時までにどれだけの準備をしていたのかが大事なのだと思います。私は、その準備が足らないことを自分自身で知っています。だから、へたくそなのだというこも知ってます。ただ、何の準備もしてないのに「毎週行ってるのに何故うまくならないのだろう?」って人には、悩む必要はないと言いたくなります。「あなたは目の前に海があっても、多分毎日入らない人だからです」思いが少ない分、下手で当然と思うべきでしょう・・・やっぱり、本当に上手な人は、私の知ってる限り、思いが違います。そして、普段、うまい人でも大きい波だと発揮出来ない人が多いことも付け加えましょう。全ては準備です。それだけわかっていて君は何だ!と言いたくなるでしょうが、そこがおちゃらけたるゆえんなのだ!はははは〜・・・・ただ、毎日、海が見れるとこにいたい気持ちは強いなあ・・・

2004.7.27
仲間探し

25日は、特別いい波ではなかったが楽しいサーフィンをすることが出来た。楽しいサーフィンが出来たというより楽しい一日を過ごすことが出来たという方が正しいのかもしれない。いい波であればいいというのではなく、いい仲間と波乗りをするということの素晴らしさ実感出来た一日だったからだ。友人とよくこんな会話をする、究極の選択ということで@頭以上の極上のチューブの波を毎日一人で乗れるA腰,胸だけど仲間2人で毎日入るという会話だ。私の場合、おちゃらけなのでどっちにしても腰胸というしょぼさもあるが(汗)、私は、迷わずAを選ぶ派だ。たまたま、一人で入っていい波に当ればすごくラッキーと感じることもあるだろうが、それも、ラッキーだったことを伝える仲間がいてこそ成り立つものであると考えているからだ。全くの一人に耐えられるという人は、横井正一氏などが尊敬する人であるか、ムツゴロウのように動物も完全に仲間と思える人間でないと、おそらく会話に矛盾が生じてしまうのだろう(笑)。結局のところ、人間は共鳴できる仲間を探して生きていると私は思う。波乗りは、本来ある程度の範囲内で同じ考えの人や同じ目標を持ったコミュニティーであるから楽しいのであり、海に入っている者のベクトルにあまり差がないし、違う方向のものには私が始めた頃には居場所がない遊びだったと思う。ところが、最近は、サーファーというコミュニティーが随分分類化されてきてしまって、所属場所がたくさん出来てしまい居場所が増え、サーファーの中でも仲間探しをしなければならなくなってしまった。(おちゃらけサーファーなんて所属を作るバカもいるが・・・??)サーフィンは、別世界なぞ作らず、同じ臭いのする人の一つのコミュニティーだからこそ、その中で自分のポジションを考えることが出来るし、自分がいかにしょぼいかも認識することが出来るということが特別な意識であり、ジェリーロペスのお言葉を借りるがサーフィンは永遠の学校だと言えるひとつだと私は思っている。海の遊びでこんな言葉はいらないと思うが、所属が分かれるとお山の大将がどんどん出来てくるし、会社組織のように不必要な縄張りが出来たり、向かう方向もばらついてくる。どれだけ好きかってだけの単純な時代はどこにいってしまったのだろう・・・・。私のサーフィン好きなんて大したことはないし、こんなこと書くのも「へたくそのお前が言うな!」だと思うけど、多分、私の中にもいるのだろう、ボロカスに言われたい人と言われたくない人が・・・・・・・・。ああ、いい仲間とサーフィンがしたいなあ・・・


2004.7.9
みんなの夢って何?

何でもメリットとデメリットがあるよなあ・・・。私の場合、世間の評価は別にして自分にとってメリットが結果的に半分を越えるかってことで判断していることが多いと思う。だから、我慢をしたりリスクを背負ったり出来る。でも、私のまわりには、100%を求め、結果を考える前にあって当たり前の不都合なことを並べ、出来ない理由を探し、行動を起こさないという人が多いような気がしてならない。何の行動も起こしてなくても、それが自分の行き方だと胸を張って生きていればいいが、つまらなさそうに都合よく他人のいいとこだけをうらやましがるというパターンだ。正直、そういう人とのつきあいは面倒で難しい。「うらやましい=目標」となればいいが、うらやましいといくら嘆いても結果は出ないぞと言いたい。こんな風に偉そうに書くと、お前は結果を出しているのかと反感を持たれるんだろうけど、出てるわけなどない。ただ、出そうとはしている。メリットなんて書くと損得勘定してるみたいで嫌だけど、結果的に面白いか面白くないかってことにはこだわりたい。みんなもっと夢を語ろうよ・・・・

2004.6.30
フィンランド

11日〜18日まで一応仕事ということで??フィンランドに行ってきましたが、「あんたは、影響されすぎ!」とよく言われるが、それが俺だから仕方ないと開きなおっておこう。ほんと、思ったとおり、いや思った以上に素晴らしい国だった。ず〜といると違うのかもしれないが、住みたいと思ったくらいだ。どこがなんて言われて説明しだすと面倒だし、長くなりそうだから書きませんが、波乗りが出来たらもうやばい!話たいことは山ほどあるので、また、直接聞きに来てくださいな(笑) なんせ今の日本が考え直さないといけないことを教えてくれる気がしました。日本のいいとこも見えましたけどね・・

2004.6.2
あの頃のように・・・

夏を待つだけのいい季節と言えばいい季節だけど、なんせ一日が早すぎっ!って感じだ。心の準備がないまま、次から次へとしなければならないこと、やりたいこと、欲しいものが出てきて大変である。そう、欲しいものと言えば、こいつがとうとう生産中止が決定してしまい、100台の受注で打ち切りとの情報が入り、思わずローンの契約書にはんをついてしまった。結婚前にこいつを乗ってたことがあり、社会人らしく見えないとかいうまわりの声が気になって手放したのだが、(その時はショート)あいつを手放してから、なんとなく単純に欲しいからという理由だけで車を買えずに中地半端にまわりの目を気にしながらしか車選びが出来なくなったように思う。波乗りだけのことを考えるとハイエースバンが一番だということはわかっている。実際、ハイエースのワゴンには乗ったことあるが、確かに広く便利だった。ただ、便利ならいいってもんではないという思いが私の場合どうしても出てしまう。波乗りだけに集中出来る環境がもっとあればコメントも変わるのかもしれないが、中途半端サーファーの私にとっては、板も車も遊び道具の一つなのだ。生産中止が決まったら絶対もう一度乗ってやるぞという思いがあり、勢いよくはんこをついたが、あの頃のように戻りたいという思い、そしてこんな車もあったんだということを誰かに伝えたい思いが手伝って私をアホにさせてくれたのだと思う。(つうか、もともとアホ)大人になれないどころか、どんどん子供に戻っていく自分が怖い。84年に登場し今までずっと売っててくれたことに感謝します。しかし、ラインの償却はとっくに終わり、仕入れも安くなってるんだからもっと安くしてよTOYOTAさん。


http://www.toyota.co.jp/Showroom/All_toyota_lineup/LandCruiser/special/

2004.5.17

灯り

最近、ランタンの灯りにはまっている。子供からキャンプに行きたいという要望が増えているということもあるが、サービスという言葉を使って義務的に家族といるなんてことをしなくていいから自分も楽しめるいい遊びである。でもよく考えたら、わざわざ不便なことをして何が楽しいのだろう・・・しかも、遊びという表現もあまりしっくりこない。確かに星を見ながらギターを弾いたり、うまいもんを食べたりすることは楽しみだと思うが、普段、いろんなものを欲しがって、楽しいことを探すなんて行為を否定してしまうような雰囲気がそこにはある。何をするわけでもなく、ただ、ボーっとランタンの灯りや焚き火を眺め会話をする。こんなことで幸せな気分になれるのだから・・・。私は、おそらく、無い状態から有る状態への変化に対して楽しんでいるのでないかと考えている。551の蓬莱状態だ(関西だけのCM?)真っ暗なところに灯りがつくという変化、これが大きく心を動かしてくれるのだと思う。当然、キャンプも回数を重ねていくと灯りだけでは満足出来なくなり、更に便利にしようという欲が出てきてアウトドアグッズがどんどん増えていき、気がつけばアウトドアではなく、インドアになってしまっているのかもしれないが、子供に暮らすということのルーツを教える手段としてはわかりやすいし、いい勉強になると考えている。テレビがあれば会話が減り、便利になれば有り難味を忘れ、感動が減る。世の中を便利にしていこう、誰かの役に立とうといういろんな人々の思いでここまで発展してきたのだろうが、今は誰かの役に立とうという動きよりも、不必要な人までもが意味無く物欲に走り、奪い合いばかりが目立つ気がするのは私だけだろうか・・・・・・さあ、オークション、オークション!

2004.5.7

幸せと感じた時

GWは、お金もかかるし九州行きに少し迷いがあったが、ほんと行ってよかった。家族と一緒だったので思ったように波乗りが出来るかという不安もあったが、早起きし、なんとか滞在中15時間くらいは海に浸かることが出来た。「家族と一緒に、毎日波に乗れる幸せ」、30を過ぎたあたりから、結婚や子育てなどで、少しずつ一緒に海に行く仲間は減ってきたけど、家族でサーフトリップに行く幸せを味わえたことは、いろんなことを多少は犠牲にしてきた自分にとってここ最近にない幸せを感じた時であった。

2004.4.20

人間は、やはり怠け者だ!

時には、へこみも必要である。台風1号がへこませてくれたお陰で、週末の波乗りのモチベーションは全く違った。パドルをしていても、あの大きな波が頭から離れず、頑張れよという言葉が怠け者の僕に囁いてくれる。今までもそれなりに頑張っていたつもりだが、悔しいとか情けないという気持ちがないと人間は自分に都合よく振る舞い、いかにさぼってしまうかがよくわかった。とまあ、こんなことを思ったのもすぐに忘れてしまう自分をよく知っているから、せめて書いておこうと思っただけなのだが、人間は、時々、心に刺激を与えないとさぼってしまう動物であることは間違いない。それが外部からの刺激でもあってもいいし、強制的にやらなければないないことの結果であってもいいし、初詣でのように自ら奮い立たせる決意のようなものでも構わないが、時々、刺激がないと本質的な楽しみが遠ざかってしまうと考えるべきだと思う。そう、だから、今晩もティッシュ目掛けて自分に刺激を与え、気持ちを奮い立たせるのだ!

2004.4.16

私へこんでます〜♪(ロスインデイオス風に・・)

最近大きな波に乗ってなかったので、14日に台風休暇を頂き、テンションだけは高くはりきって和歌山方面に向かった。そして、到着「お〜行くぞ〜!」とそこまではよかった。そしてアウトに向かってパドルを始めると一緒に入った他4名の姿がだんだん小さくなっていくではないか!一本乗った仲間がいて少し近づいた気がしたが、今度は横方向にどんどん離れていく、そうまさに波大校歌状態だった。それでも必死でパドルし、なんとかカレントをみつけアウトに出た。「よし、せっかく出れたんだから、絶対乗ってやる」と思い、リラックスを心がけパドル開始、「あ〜この波はダメだ」と本人はやめたつもりだったが、何故かまっさかさま(TT)あ〜何回転しただろう・・?スリル選手権なら高得点で優勝だったかもしれない。そして私は、二度とアウトには出れず、入ったところとかけ離れた場所に流れ、かなり長い距離を歩いて車に戻った。このサイトの管理人としてはふさわしい行動であったが、なんともかっこ悪すぎる。穴があったら入れたいくらいだってコレコレ!2ラウンド目は、サイズの小さいところで入ったが、気持ちがマイナスに走っていたので何をしてたのかさえ、あまり覚えていない。学生諸君「波は乗っても、のまれるな!反面教師ここにあり」ってことだ(TT)

2004.4.6

曲作り

私は、もともと音楽は大好きだったけど、今まで楽器というものをやったことがなかった。だが、昨年からウクレレ、三線、そしてアコースティックギターと「一つに絞れー!」と言われそうだが楽器というものを始め、1年が経つ。上達は別にして、娘に「パパの絵を書いて!」というとギターを持っている私を書くほど今もはまっているのだが、歌ったり、音を楽しんだり、踊ったりという行為は、世界共通で今も昔も変わらないし、頑張れば頑張るほど楽しめる幅が増えてくるから脳の回路が単純な私にはおもしろくて仕方ない、何故、もっと早くやらなかったのだろうと少し後悔している。薄っぺらい会話ばかりがはびこり、新しいものばっかり求めて、比較論でしか楽しめない世の中だが、波乗りも音楽も道具の進化はあるが、本能的に楽しめるものであり、向上心と努力の先には必ず楽しみが待ってくれているからやめられない。そして何を血迷ったか最近は曲作り興味を持ち、寒い奴だと思われるのはわかっているが、身勝手な私はまわりの評価など気にせず、最近の思いを唄にしてみた。キャンプ仲間のJOLLYさんにこんな感じで・・・ということで作ったので作曲したとは言えないのかもしれないが、許可なくよしということにしよう。(懲りずに手伝ってね)私の美しい歌声を聞かせられないのは残念だが、耳鼻科が急に混雑しても迷惑なので、詞だけ紹介しておこう。

覚悟があればいいけどさ     作詞・作曲 HARU 編曲 JOLLY 

何をやっても いいと思うけど

君にはそこに 覚悟はあるかい?

自分の胸に そっと手を当てて 

未来の君に 語りかけてみよう


ダラダラ生きても 今だけ生きても

※   覚悟があればいいけどさ

年の分だけ 楽しくやろうよ


何をやめても いいと思うけど

君にはそこに 覚悟はあるかい?

自分の弱さ いつもごまかして 

理由をつけて 逃げてはないかい

   ※ くり返し

何もしなくて いいと思うけど

君にはそこに 覚悟はあるかい?

誰かにすがり 自分を忘れて 

とぎれた紐は 結びなおせるかい

   ※ くり返し2回

2004.4.1

人生を描こう!

  後輩達よ、一度、自分の一生というものを描いてみて欲しい。それをイメージしていないから、今、何をすべきかということもわからないし、我慢も出来ないという人が多くなってきているような気がする。大きなお世話かもしれないが、場当たり的に生きてることによって、年とともにやってくる大きな波に全く準備が出来ておらず、怖くて逃げるしかなくなってしまったという人が多いのではないだろうか?波乗りだけでなくイメージは大事であり、どんな風にしたいかをイメージし、走りながら微調整をしていくというものではないだろうか?
 私は、その一生のイメージを先輩から学んできたように思う。「僕ぐらいの年の時はどうでした?」、「その年になったらどうなりますか?」という質問を先輩に数多くし、時には叱られ、反省し、反面教師がいたら、自分はそうなるまいと言い聞かせ、その思いがその年令になるまで続いているかと確認しながら生き、最近では「何を伝えてもらったか」、「何を残してもらったか」から「何を伝えるか」、「何を残すか」ということも少しは考えるようになってきた。
 同世代だけで考えることも時代も変化しているから当然必要だと思うが、最近、もろさを感じ、同世代だけで一斉に苦しんでいきそうな気がしてならない。私の時代は、憧れの先輩がいたから、こんなことも言えるのであって、私達世代があまりにも参考にならないなら申し訳なく思うが、じゃーどうするんだと言いたくなる。おそらくこうだろう・・・「先のことなんか考えてもわかるか!」確かにその通りだ。ただ、「人間いつかは死ぬ」それはわかっている。そして、普通順番から言うと先に生まれた人から死をむかえる。自分の身体が弱った時も一人で生きる覚悟、頼っているものがなくなった時は、すべて自分がやらないといけないという覚悟、場当たり的に生きるというこは生涯場当たり的にしか生きることが出来ないという覚悟、全て覚悟を持って生きなければならないことを強く言いたい。そして、生き方は自由だと思うが、そういう生き方をしたという事実は死んでも消えないし、子孫にも残っていくということも付け加えたい。だからこそ、今をどうするというよりも、どう終わるかをイメージしていくべきであり、そこで初めて夢と現実という言葉が生まれてくるのだと私は思う。目先の夢ばかりを追うと挫折感ばかりを感じてしまいがちだが、どう終わるかという風に考えると修正が出来そうな気がするのではないだろうか?

以上、中年の愚痴でした。
 

2004.3.26

気がづけば35歳

このホームページを開設して、7月で4年である。当時、31歳であった私も気がつけば35歳、自閉症の息子は、7歳になり現在、養護学校に通っている。そして私のムスコは35歳、現在、リハビリに通っている。娘は5歳になり、あそこはまだ臭い。私だったら、こんなことを書く父親は嫌だろうなあと思いつつ、毎晩、いい乳でありたいとマスマスかきたくなってしまう。  35歳かあ・・・・30になった時、仲間探しをしたくてこのホームページを開設したんだと思うけど、いろんな人に出会って、いろんな人に元気をもらって、35歳という年になり、35歳という響きが、また、新しい出会いを求めようとしているから、何か書きたくなってきたのかなあなんて思っております。

2004.3.23

生きてま〜す!

昨日で拙者35歳になりました。もう更新しなくなって2年半も経つんだなあと自分で感心してます(汗)たまに見に来る方にこれではあまりにも失礼かと思い、ちょっとだけ書いて見ることにしました。なんか、ホームページ存続の繋ぎみたいで申し分けないのですが、その通りです。この2年半、書くことがないわけでもなかったのですが、何となくスピード社会についていけなかったのでしょう。ネットの世界は、便利な面も多いですが出会うペースが早すぎて、ちょいパニックだったような気がしてます。というより、いい人に短期間に出会い過ぎて、知り合った方をもっと深く知りたいという気持ちがこの世界から遠ざけていたように思います。だから、面倒なので、しゃべりたい人は来てくださいなってことで、現在秘密基地を建てることを計画中です。詳細は内緒ですが・・・

伝言 けんティーさ〜ん、今年は会ってお話しましょうね!

2001.9.27

ご無沙汰で〜す。

学長サボリまくりで一月以上も思いつかなかったわけですが、台風による災害や米国でのテロ事件、飲みすぎて爆弾ゲロ事件、下痢で一日7回もうんこに行った事件や鼻くそほじってたら血が出た事件、車でアリ暗殺、シャーペンの芯が折れた事件などここ最近はいろいろと考えることだらけだったように思います。文にまとめようと思っても自分のなかで気持ちの整理が出来ないまま次々と事件がやってきたという感じです。う〜ん、言い訳が苦しい(笑)
メールを頂いたのに返せなかったり、掲示板への返信もいい加減だったりしますがどうかお許しくださいませ。なんせ、めちゃめちゃマイペースなもんですから・・・・

2001.8.22

原点

お盆に高知に行ったこともあって、最近、坂本竜馬が気になって仕方ない。この前も数年前の正月に二夜連続でやっていたドラマ「竜馬がゆく」のビデオを久々に見た。竜馬の素晴らしさについて今更どうこう言う必要はないと思うので書かないけど、私はドラマを見ていて気になったのが歩くということであった。あの時代は今では想像もつかない距離を何処に行くにも歩いている。竜馬は歩くのではなく異国の文化を取り入れて、もっと便利な世の中を目指していたのかもしれないが、自動車、新幹線、飛行機、連絡をとるには、携帯、インターネットと何でもある今の便利な世の中からすると歩くことしかなかった時代の方が今より単純で純粋な気持ちだけで行動ができたような気がして何故かうらやましく思えた。誰かに会いたいと思えば歩く、何かが欲しければ歩く、何かがやりたければ歩く。ところが今は手段がいっぱいあり、金がそのスピードを変えてくれる。行きたいとかやりたいとかいう気持ちを体だけで表現することが非常に難しい世の中である。逆に言うと金さえあれば何だって出きる便利な世の中ではあるが、人の気持ち、自分の気持ちを理解することは金が絡めば絡むほどわかりにくい。
でも、この便利さがなければどうなんだろう?自分の好きなものに絞って考えてみると、自分がどれだけ贅沢病にかかってるかがよくわかる。私のように海がないところに住んでるものが何故サーフィンを出来るかである。素っ裸で生まれ、歩くことから始まり、便利にしようとした人がいるからである。原点を忘れると現状の不満を探してしまいがちだけど、歴史の紐をほどいていくと感謝の心が生まれるから不思議である。

私は今度、車で行くような距離を歩いてみようと思う。何か忘れかけていたものを思い出せそうな気がする。生まれたまんまの姿で・・・・・・・でも、捕まるなあ・・・・・


2001.8.9

誓詞 (我らの誓い)

今日一日
怒らず 怖れず 悲しまず
正直 親切 愉快に
力と勇気と信念とをもって
自己の人生に対する責務を果たし
恒に平和と愛とを失わざる
立派な人間として生きることを
厳かに誓います


もう数年も前になるけど、私は仕事の師匠に、この中村天風のお言葉を教えて頂いた。本当は毎日三唱しないさいという教えなのだが、私は時々この誓いを思い出すようにしている。頑張らねば・・・・


2001.7.23

息子が危ない!

最近、息子が波打ち際で遊ぶことに完全にはまっている。連休の初日は、家族は連れていかなかったが、2日目は家族で海に行き、波も小さく息子にとっては最高のコンディションだった。やはり波がおもしろいらしく、浮き輪が上下する感覚やまわりから見ると多少危険なくらいに水をかぶるのが面白いみたいだ。私の息子はトップページでも紹介しているが自閉症という障害があり、楽しいと思えばそっちが勝ち、あまり恐怖心があるようには見えない。だからほっておけばどんどん沖に向かおうとして大変危険である。私は、一度無理矢理危ないということを教えてやろうと浮き輪を外し、波にのまれさしてやろうと考えた。そして、そこに比較的大きな波が来て、息子があっぷあっぷ状態になった。もうこれで怖さを知っただろうと完全にビビリが入った息子の顔を見て、あがりたがるかな?っと思ったが、数秒後にはヘラヘラと笑っていた。「なんじゃこいつは」と思い。こうなったら、何度でものまれさしてやるぞと考えた。そして、次の波が来た時わかった、実は息子は、波の怖さを知っていたのである。まかれたくない思いから、私の左手を握ろうとしにきたのである。   「ぬお〜」 
息子のもうひとつの手は、私のムスコを思いっきり握っていたのある。しかも、波が来て強烈に引っ張られてた。
「取っ手ではない!」 親父は、思わずそう叫びたくなった。
が、しかし、この息子の思いもよらない行動に、恐怖心があっても波に立ち向かおうとする人間の本能というものを思い知らされたのある。

なんでガチンコ風やねん。どっちか言うたら我ちんこファイトクラブや!

「我がムスコよ、波は非常に危険である。」


2001.7.11

宗教でいいんですよね?

サーフィンってやらない人から見れば宗教のようだって言われることが多い。でも、そう言われても「違う」と否定出来ないところがある。宗教について詳しく勉強しているわけではないので、偉そうに言えないのだが、生きる力と指針を与えてくれていることは間違いない。そして、神という言葉や悟りという言葉がサーファー同士の会話のなかでは自然に出てしまう。古代サーフィンの歴史でも布教の妨げとなるからサーフィンを禁止したいう話があるくらいだら、サーフィンは昔っからひとつの宗教として扱われていたのかもしれない。

2001.7.1

波を待つ間が大事である。

ちょっと前になるけど、理事長のサイトの某掲示板で、ジェリーロペスのお言葉が紹介されていたことがあった。

ジェリー

最近この時になって やっとサーフィンの本質がわかってきた。
それは「待つこと」 一般の人は大きな波の斜面を滑り降りることが
サーフィンだと思っているし、そういう場面しか映像とか 写真にはならない。
でもサーファーだったらみんなが知っているように、そんなのはサーフィンに
かける時間からしたらほんの 一瞬で それ以外の方がもっと多い、
 天気を気にしながら波が立つ時を待つ。 波があれば
そこへたどり着くためにパドリングをする。 そして アウトに出持て、ただ
一心に波を待つ。 
 普通の人から見れば果てしなく無駄な時間と見えるもの、それ全てが
サーフィンなんだ。 今の世の中、そんな時間の使い方している人、
いないよね。


ジェリーロペスのような凄い方がコメントしてると文の重さに相当違いを感じるけど、波を待ってる間にどうするかってことの大事さは、私も先輩方からいつも言われてきたことであるし、後輩達にもいつも話してることである。こんなことは、私のような中途半端なおちゃらけサーファーが言っても何の説得力もないのはわかってるけど、サーフィンをやめていく人達は、おそらく海に入ってる間だけがサーフィンであると思っているからなんだと思う。人から見て無駄に思えるほど時間を費やしたものだったらそんな簡単に捨てられるはずがないと私は思う。まあ、そんなに時間を費やさなければならないものだと思って始めた人も少ないかもしれませんが・・・・・・

私はこれから「サーフィン始めましょう!」なんてことは言わずに「一緒に波待ちしましょう!」って言うことにします。

2001.6.22

自分を認める時

人って誰でもまわりから認められたいという気持ちや、褒めてほしいという気持ちがある。例えば、海で自分の満足のいくライディングをした時は、人に聞かないまでも、「誰か見てくれてたかな?」って思いを一度はしたことがあるんではないだろうか?
でも、そんな気持ちになる時は人と争う気持ちがある時なんだと思う。何年か前になるけど、マラソンで有森裕子が「はじめて自分で自分を褒めたいと思いました」なんて言ったことがあったけど、己との戦いを克服した達成感がある時は、人の言葉は後回しで、まず自分で自分を認めるのだと思う。
波乗りは本来そういう気持ちになることが多いはずである。レベルにもよるので、どの波になればそういう気持ちになるかというのはかなり個人差はかなりあると思うけど、今まで経験をしたことのないサイズの波の一発目は、自分が自分を認める瞬間であるような気がする。

2001.6.13

Bigwaveが教えてくれるもの。

先日、理事長代理のはからいでプロサーファー二人と話する機会があった。その時にワイメアに入った時の話が出てきたのだが、ワイメアで一回波にまかれると出れそうになれば次の波で沈められるというのが3回ほどあり、一分間くらいはもがいてる状況が続くらしい。普通に一分間息を止めるだけでも苦しいのにパニックに近い状況での一分間なんて聞くだけで鳥肌が立つ。
誰だって大きな波に対する恐怖心はある。それはプロでも同じだ。でも、その恐怖心に勝たない限りその先は見えてこないのがサーフィンだろう・・・・とまあわかったようなことを書いたけど、私なんかでは想像が出来ないようなパワーのあるでかい波の話を聞くといつも思う。よくサーフィンはスポーツじゃないなんて話しをするけど、この世に、普段、私がやってるようなビーチブレイクしかないとしたら、スポーツまたは単にレジャーという感覚で終わってしまうのかもしれない。でも、ワイメアとまではいかなくても、日本でもレジャーやスポーツという感覚を越えてしまうような波が実際にある。そういう波を自分の中で別世界として見てはいけない。ばかでかい波もテイクオフも出来ないような小さい波も含めてサーフィンであるということを・・・・
そこから、謙虚さが生まれるような気がします。

2001.6.4

う〜ん、いいボケだ!

昨日は、たまに波大研究室で登場する会う度に説教しまくる後輩と久々に波乗りに行った。彼はサーフィンを始めてから3年ほどになるんだけど、今年に入ってようやくコンスタントに行きだしたかな?って程度で、彼女でも出来たらぽいっとやめてしまうだろうなってタイプである。今年になって行きだしたのも理由は簡単、彼女と別れたからというだけである(笑)。そんなレベルだから毎回出会う度に私やみんなからぼろかすに言われてしまうわけだけど、気は悪い奴でないし、それなりに自分を変えようと努力しているようにも思えるので、みんなからは結構かわいがられている。(一応フォロー)
そいつにはすばらしいボケのセンスを感じることがある。ただ単に学習不足という言い方も出来るが、ある意味レジェンドになれるかもしれん。何しろ、サーフィンを初めて数ヶ月間、ショアブレイクをシャワブレイクだと思っていた男である。そして、つい先日もその才能を発揮したようである。その日は平日で私はいなかったけど、海の帰りにこんな会話をしたらしい。

私の友人「あ〜今、名阪、リフレッシュしてるし混んでるやろうな〜」
後輩 
「えっ、そこ、そんなにうまいんですか?」

後輩は、どうやらめい飯っていう飯屋だと思っていたらしい。その前に腹減ったとか、そんな話をしていたらしいが、関西のサーファーで名阪って言って飯屋が浮かぶのは彼だけであろう・・・

2001.6.1

ルールって、守る前に知る必要がある

私は、九州の知人が出しているメルマガに登録してあるので、毎日、九州の波情報や大会情報などいろいろな情報がメールで送られてくる。そんな中で、先日、こんな内容のメールが届いた。
「緊急事態、日南サーフエリアにて地域住民からの苦情が非常に多い」

注意内容(ポイント名はふせておきます)
ポイント1
海の家、敷地内駐車禁止、駐車場を使用すること。
トイレの水道をシャワー代わりに使用しないこと。
ポイント2
本来道路沿いは駐車禁止 出来るだけ白線から出ないように駐車すること。
逆駐車禁止、白線外での着替え、水浴び、ボードの放置、SK8の禁止
ポイント3
墓参り用駐車場にサーファーは止めないこと。
ポイント4
入り口通路に駐車しての波チェック禁止

などと結構細かい内容のものであった。(他にもポイントによっては初心者は入らないようになどの注意もあった)


ビジターの場合、何処のポイントでも細かい注意事項は知り合いでもいない限り知らないことだらけなんだろうなあ・・・

2001.5.22

生き方っていろいろある。

                 


上の3つの面積はそれぞれ同じである。Aはひとつのことをとことんやるタイプ、Bはなんでもそれなりにこなすタイプ、Cはとにかくいろんなことを幅広くやるってタイプってことにしよう。どの生き方が正しいなんてもんはないと思います。でも、私が今まで出会った人ですごいと感じたり、感動させられたりした人はAのタイプの人ばかりのような気がしてなりません。上の図は同じ面積だからタイプの違いってことだけになるかもしれないけど、Aのようにひとつのことをとことんやり続ける人は、縦方向ばかり伸ばしたことを不安に思うせいか、横方向をつけて安定させようとし、面積がどんどん大きくなってるような気がします。ただ、Aでも図のまんまで縦方向に伸ばしたことに有頂天となり、横方向を安定させようとしない人はもろく、そのまんまの面積だと風がちょっと吹けば倒れてしまったという人も結構いることは付け加えておいた方がいいかもしれませんね。CやBでも横方向を基盤にして縦方向にぐ〜んと伸ばし、結果的にAの高さまでもっていったという人もいるのかもしれませんが、先に横を伸ばした為に不安定に思える縦方向に伸ばすことに勇気が湧かず伸び悩んでる人が非常に多いような気がします。
こんなことを偉そうに書いてるけど、面積には相当個人差があり、私の面積なんぞは上のと比べたら多分 
 こんなもんでしょう!いや ・ こんなもんかもしれん。
まあ、ぼちぼち頑張りま〜す。

2001.5.7

あ〜楽しかった!

掲示板に書いてたから、今更言うこともないけど九州行ってきましたよ〜ん。家族はかみさんの実家において(笑)

2日の挽に出て、九州入ってから少し渋滞があったので、ポイントに到着したのは3日の2時頃、とダラダラ書いても仕方ないので、とにかく最高でした。行ってる間は十分サイズもあったし、地鶏のうまいとこにも連れてってもらったし、現地で会ったマーボーさんともご機嫌で一杯やれたし、もう言うことなしでした。いろんなもんに感謝、感謝!感謝!
帰ってきたのは7日の3時、さすがに4日連続で海に入ると疲れはあったけど、仕事してても気分のよさがはかどらせてくれているような気がするでございます。
あまり楽しすぎてすっかり大学の方のお仕事はさぼってしまいましたが、これも今後の講義に活かす為の修行ということでお許しくださいませ!ほんまか?

でも、今回の里帰り(あえてそう言います)で一番強く感じたことは、会う人会う人に100%の確立で「太った?」って言われたことである。毎年言われてるような気がするけど今回の反応はまるで別人を見るかのようであった。しかも冬に会ったばかりのマーボーさんにも言われてしまったくらいである(笑)
ちょっと意識して食事の量を減らしたつもりだったけど、出る前と体重はちっとも変わってなかった。これは絶対、学籍番号99のちーの呪いに決まっている!

2001.4.17

シリーズ、GWは九州に行けるか?

今日、本格的に戦いが始まった。なんだかんだ言って、毎年、GWは九州に行ってるが、家族がいるのに私だけ行くなんてことは普通なら許されることではないし、私も気がひける。「でも、行きたい!」、かみさんも半分あきらめてはいるようだが、毎年、言い出しにくいのでギリギリになるまで決定とまではいかない。友人にも「一応、行くつもりはしてるけど・・・」といつも中途半端な返事をこの時期までしてるわけだが
今日はかみさんが

「ゴールデンウイークは、1日、2日は仕事なん?」
なんて聞いてきた。
「そっ、そやで〜、仕事や〜」(汗)
心の準備が全く出来ていない。やばい!うんちを始めたばかりのところに、もれそうな顔をした我が子がトイレに入ってきた時と同じくらいあせった。(この例えは正しいのか?)
「で、どうすんの?」
こっちがどうしようである。とりあえず紙をけつに当て、ぐいっとしめる。
「そりゃー、まあ行きたいけど・・九州」
まだ、やりだしたばかりなんで冗談じゃないよと思いながらも、おしっこをしてもらうしかない。だから
「行くか?一緒に・・」
なんて心にもないことを言う。
「そりゃー、私らだけでは面白ないしなあ」
おいおい、うんこかよ〜、マジで〜
でも、とりあえず気持ちを抑えるしかない。
「まあ、どうするかわからんけどな、でも、一緒に行くとしても連れも乗ってくると思うで」
とうんこを出したい気持ちと抑える気持ちが入り混じった表現をする。
そんな会話をしてるうちにすっきりしないまま私のうんこもおさまってしまった。かみさんもすっきりしたのだろうか?と疑問が残る。
とりあえず、トイレでのこういうパターンの時は、紙がいっぱいだ、ちゃんと流れるだろうか?

つい、うんこの例えに合わすのに必死になり、会話が随分省略されたが、行って当然なんて思ってないから、なかなかはっきりと言えないし、気持ちは複雑である。どっちかというと私だけで行きたいが、家族と一緒にいたいという気持ちがないわけでもない。さあ、どうなるんだろう?でも、戦いは始まったが、九州行きは決定したようなもんである。さあこれからどうなるんだろう・・・・・・・・

2001.4.9

新学期スタート!

なんて、偉そうに書いてるけど、4月7日が本学の開校記念日であることをすっかり忘れてしまっていた。月日の経つのはほんと早い!ついこの前までアブーアブーと言ってた記憶があるが、もうすっかりアフーアフーって言うような年令だ!なんかようわからんけど・・・・

でも、この一年間は波大を通じて多くのサーファーに出会うことが出来たし、ネット上でのコミュニケーションによりいろんなことを学ぶことが出来、かなり充実した一年だったように思う。感謝、感謝!そしてこれからもいろんな方と出会い、多く語りたいもんである。
そして今年こそは本学のオフ会をするぞー!みんな集まれ〜!

2001.4.3

こんなの作ってみました。



パソコンで作った画像等をそのまんまハンコにするDEJIHANというものである。この画像は紙に押したもんをスキャナったもんで、ほぼ実寸大である。最近、会社で作れるようになったので、まず、作ったのがこれなんだが次回は是非うんこにチャレンジしたいもんである。これからは出没先に押したいと思うので要注意!先の話ではあるが、本学のアクセスカウンターの20,000件を踏んだ方には、お作りしますね!うんこのハンコを・・・・・


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